年 月 日 | 出 来 事 | 説 明 |
S8 〜 (1933) |
日本におけるワンダーフォーゲル運動の幕開け | ドイツでの自然に親しむ青年運動の影響を受け、S8 (1933)年文部省内に「奨健会ワンダーフォーゲル部」が設けられ、国の健全な青少年運動として普及宣伝が開始された。S10 (1935)年初頭 立教大学WV部発足。 |
S10.5.5 (1935) |
慶應義塾ワンダーフォーゲル部 (KWV)創立 |
単に体育だけはなく広く自然に親しむ団体として当初より「文化団体連盟」に加盟。 |
S10.5.23 | 発会式 (会員36名) 於:三田/明治製菓喫茶 <現KWV三田会名誉会長中村正義先輩(S11卒)は創部時の中心メンバー> |
「設立趣旨」 我々は塾生々活を更に充実する為学業の余暇を利用して都会の喧噪と弊習より開放されて大自然の裡にワンデルングしつつ静かなる山に接して、不動の精神を養い、流れる水を見ては不休の心を涵養し、併せて質実健全なる身体の練磨を計らんとす。我々は塾生相互間の協同和親の精神に基き、且は、健やかにまじめに伸びようと希ふ父母の心に添はんとして「慶應義塾ワンダーフォーゲル」を設立せり。 立教、慶應に続き明治WV部が出来、S13.10、三校にて全日本WV連盟を結成。 |
S10.6.13 | 第1回ワンデルング(w) (参加者26名)箱根明神岳 |
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S12.11 (1936) |
会報創刊 | 名称変更を経て、現在まで毎年発行。現役・OB共編の「ふみあと」57号まで刊行されている。 |
S18.3 (1943) |
KWVを「慶應義塾歩行会」と改称 | 戦時下の外来語統制により改称された。しかし、軍国主義的な指導方針には乗らず、塾伝統の個人の自主独立を尊重し、精神的自由を守る運動を展開した。この精神は未だに受継がれている。 |
S19.6 (1944) |
休部 | 部員の大半を軍隊にとられ、東京空襲も迫り休部を余儀なくされる。 |
S21.2.15 (1946) S21.2.16〜17 |
KWV復活第1回総会(14名出席)戦後復活第1回W(参加者4名)箱根春山荘 | OB並びに学徒出陣現役16名が戦死。 |
S26.3.3 (1951) |
KWV三田会第1回総会開催(潮田塾長列席) | |
S27.4 (1952) |
女子部員入部 | |
S28.4 (1953) |
部員100名突破(総勢120名) | |
S33.6.17 (1958) S33.8.3 |
三国山荘建設着工 山荘落成式 |
増加する部員の安全なクラブ活動の拠点とすべく新潟県湯沢町浅貝の寒村に建設(その後周辺を西武が苗場スキー場として開発。) |
S33.9.28〜11.12 (1958) |
「塾百年祭」記念 中津~日吉リレーW | 福沢先生生誕地の中津から日吉まで45日間をかけて15パーティー、延152名のリレー式で完走。・塾長のメッセージを各地の三田会に届け交歓。・日吉記念館の式典中に最後のパーティーが到着し、中津市長のメッセージを伝達。 |
S34.4 (1959) |
最高部員数(総勢472名) | |
S39.7.11 (1964) |
KWV唯一の重大遭難事故発生 | 平山公彦氏(2年生)が過労心衰弱にてW中の苗場山にて死亡。(S40年東京農大WV部シゴキ事件発生) → WV運動の転換期 |
S45.1 (1970) S45.11 |
三国山荘焼失 三国山荘再建落成式 |
OB、現役の総力を挙げ冬までに再建再建を契機に三国山荘の名義を塾に移管 |
S45.8.18〜9.3 | 初海外遠征「韓国/雪岳山」(参加者9名) | 韓国中央大学アルパインクラブとの親善Wを実施 |
S47.4 (1972) |
部員100名割る(総勢70名) | |
S53.3.15 〜28 (1978) |
台湾(玉山)合宿(参加者21名) | |
S53.4 (1978) |
部員30名台に突入(総勢32名) | 以降、現在まで部員数30〜35規模で推移。 <他校は10名前後の規模> |
S60.11.2 (1985) |
創部50周年記念式典 (石川塾長列席) |
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H2.2.15〜3.9 (1989) |
第1回ネパール遠征 (2パーティー、16名参加) |
現役の資金援助の一環として三田会に「国際交流基金」を設け、海外遠征の際の無利子融資制度を導入。 <OB323名より367万円を基金として集める> |
H5.2.8〜3.8 (1993) |
第2回ネパール遠征(4パーティー、29名参加) | |
H6.11.5 | 三国山荘新築落成 (現役、OB、地元関係者、塾より鈴木管財部長他200名が列席) |
築後25年の三国山荘の老朽化が進み、OB約800人より4,000万円の募金を集め新築。 建設総工費:3,500万円 |
H8.2.21〜3.20 | 第3回ネパール遠征 (3パーティー、14名参加) |
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H8.6 (1996) |
谷川連峰/越路避難小屋再建協力 | 新潟県湯沢町役場の協力要請を受け、老朽化した谷川連峰にある避難小屋の再建に三田会有志より200万円を寄付。登山者の安全に寄与すると共に三国山荘の地元関係者との友好関係強化。 |
H9.5 (1997) |
KWV三田会組織改革 | 1,000人を超すOBの団結、親睦を強化すべく三田会の組織を改革。・総括広報、親睦、山荘管理、遭難対策(現役活動の支援)並びに財務の5委員会を設置し、会長、副会長並びに各委員会の委員長、副委員長にて構成される常任理事会を設け、会の活性化を図った。 |
H9.8 | KWV三田会内シニアワンダラーズ発足 | 昭和11年〜29年卒のシニアOBを対象とした親睦組織を発足し、年2回の懇親会と定期的な親睦旅行を企画(H11.6、仙台カメイ記念館を訪問)すると共に幹事団がKWV三田会との密接なパイプ役を務めている。 |
H16.11 (2004) |
創部70周年記念式典 (安西塾長列席) |
平成16年11月27日、赤坂プリンスホテルにおいて記念式典が盛大にとりおこなわれた。出席者数448名。 創部70周年に因み、みんなでワンでリング”実施。 現役:パプアニューギニア遠征 |
H20.5.31〜11.8 (2008) |
慶應義塾創立150年記念事業 | 「歩いて識る150年」“中津から三田へ” 1500kmリレーウォーク 塾創立100年に続き150年でも、福澤先生生誕ゆかりの地・中津を起点に、各地三田会と交流しながら 、現役山岳区間(南アルプス)を含み、三田までのリレーウォークを実行。ウォーク参加者約500名。 Goal前、日吉の記念式典に合わせ、「歩いて識る150年」のロゴの入った塾旗と、各地のメッセージをステージ上で、森理事に手渡した。 |
H20.9 (2008) |
三国山荘建設50周年記念山荘祭 | 三国山荘の建設50年の節目を迎え、記念山荘祭を行った。 参加者OB92名、現役41名、合計133名。 |
H22.5 (2010) |
創部75周年記念式典 清家塾長列席 | 5月22日、日吉・協生館にて、75周年記念式典を執り行った。出席者301名。 「ふみあと」創刊号〜バックナンバー収集、福澤研究センターに収蔵。 「KWV75年のふみあと」DVD作成。 |
H23~25.6 | 東日本大震災復興支援 KWVボランティア活動 |
平成23年の6月より3年間、石巻市・多賀城市等で、復興支援活動を行った。 |
H27.4 | KWV80周年記念事業スタート |
KWV(現役のクラブ活動)の歴代会長 | |
S10 (1935) 〜 S44 (1969) | 経済学部 清岡 暎一教授 (S14〜S44 潮田江次元塾長に副会長を務めて頂いた) |
S44 (1969) 〜 S46 (1971) | 経済学部 川田寿教授 |
S46 (1971) 〜 H1 (1989) | 経済学部 尾崎巌教授 |
H1 (1989) 〜 H11 (1999) | 法学部 木村弘之亮教授 (KWV・OB S44年卒) |
H11 (1999) 〜H12 (2000) |
医学部 河瀬斌教授 (KWV・OB S42年卒) |
H12(2000)〜H13 (2001) |
経済学部 中澤敏明教授 |
H13(2001)〜H15/3 (2003) |
法学部 出岡直哉教授 |
H15/4(2003)〜H25/3 (2013) |
商学部 桜本光教授 |
H25/4(2013)〜 |
体育研究所 野口和行准教授 |